一昨日の28日、近畿地方を中心に全国の広い範囲で激しい雷雨があり、神戸市灘区の都賀(とが)川で、男女十人が豪雨による急な増水で流され、小学生二人と保育園児一人を含む、五人の方が亡くなりました。
楽しい川遊びが、一転して悲劇に。
本当にご冥福をお祈りします。
しかし、神戸市のこういう場所の危険性、私は以前から知っていました。
もう10年以上前になりますが、そう、ちょうど阪神大震災のころ、私は神戸に住んでいました。当然のように、その頃から生き物好きで川で釣りや魚捕りをするのを趣味にしていましたから、通勤に使っていた阪急線の窓から見える河川を観察しつつ、河川の構造、その時々の水量や植生などから、どんな生物がいるか推測し、網を持って出かけたものです。
電車の窓から観察できるのは、この都賀川だけではありません。六甲山系からはいくつもの急勾配な河川が海へ向かって流れ込んでいます。
しかも、その全てが三面護岸か、それに近い施工がされていて、多くの河川は植生、底質がゼロ。つまり、護岸、法面はおろか、川底までほぼ完全にコンクリで固めた水路となっていました。
そういった河川の多くは、流域断面確保のために、深く掘り下げられていて、川底が路面から数mの深さにあるため、とてもではないですが川まで降りて、生き物を探すなんて事は出来ませんでした。
しかし、この都賀川もそうですが、部分的に階段が設けられたりして、親水公園として機能している場所もありました。そういう場所で、何度か網を入れてみましたが、成果はほぼゼロに近かったものです。
こうした河川に共通して言えることは、魚類がほとんど見られないということです。(わずかにカニなどはいました)
三面護岸なんだから、当たり前と言えば当たり前ですが、平地の用水路や河川では、たとえ三面護岸でも、段差の下の水たまりや、石の下などには、魚類がいるものです。
そうした場合、多くは魚類の供給は上流から流されてくるか、下流から遡上してくるかで、三面護岸の場所で繁殖しているわけではありません。
で、当時は、上流は山からの湧き水、下流に海しかないのだから、魚類が見られなくても当たり前か、くらいに思っていました。
しかし、今回のような増水があった時、海ギリギリの河口域で不可解な現象を見たのです。
それは、ウナギの群れです。
エンピツ大から、50センチクラスの大物まで、大小取り混ぜて、50匹くらいはいたでしょうか。
岸近くの水面をゆらゆら泳いでいて、普段なら真っ昼間から水面近くへ上がってくることなどないはずなのに、おかしいと思って捕獲して観察すると、あきらかに傷ついて、弱っている個体もいました。
いったいこれはなんだったのか。
ウナギの遡上能力は、人智を越えています。
他の魚類であれば、まず遡上不可能な、ほぼ垂直のコンクリの壁であっても、1m程度なら、体を貼り付けて登ることが報告されていますし、ヒビのような隙間さえあれば、そこを足がかりにして更にどんどん登ります。
ここからは推測に過ぎませんが・・・・・
おそらく、ウナギ達は三面コンクリ護岸の川であっても、遡上することが出来たため、まばらにではありますが、生息していたのでしょう。
大きな石の下や、コンクリのひび割れなどに身を隠せば、人間に見つかりはしませんし、エサは流下昆虫やミミズ、カニなどの甲殻類でなんとかしのげます。
ところが、大雨があると、今回の事件のようにあっという間に増水。
大きな石も何もかも流され、水圧のせいでコンクリのひび割れた隙間からも水が噴き出す有様。ウナギたちは押し流されて、河口まで来てしまい、へろへろになって泳いでいたんだと思います。
そんな河川に、他の魚類が住めようはずもありませんが、さらに恐ろしいのは、そういう場所が親水公園として整備されてしまっていることです。
淡水魚の中でも、かなり強靱なウナギが、不意をつかれて押し流され、へろへろになるような場所に、親水公園を作るなどというのは、人間を集めておいて押し流す、「罠」みたいなもんです。
しかし、そもそもどうして、こうなるかと言えば、言わずと知れた都市型河川の問題点。
雨水がほとんど地下浸透せずに、一気に低い方へ流れ込むため、排水路と化した河川には、周囲からの水が全て集中してしまうわけです。
東京の中心部でも、豪雨の際にはマンホールのフタが浮いてしまいますよね。
あれも、同じ現象が起きているのです。
特に神戸は、六甲山地から海まで急傾斜で距離も短く、一気に増水して当たり前、としか言いようがありません。
今回の事件から、私が危惧するのは、河川親水公園型のビオトープ全てが、危険というレッテルを貼られないかということです。
人々が、特に子供達が水辺の大切さを感じるためにも、親水公園のような施設は、特に都市に必要だと思っています。
しかも、三面護岸しかないような河川では、親水公園の部分だけでもワンドが形成され、転石や水生植物が植栽されれば、そのほんのわずかの空間へ、水生昆虫や甲殻類、うまくすれば魚類も生息できるかも知れないわけです。
しかし、親水公園そのものが危険とされれば、利用はおろか、今後の整備もおぼつかなくなるでしょう。
本当の問題点は、そんな所ではないはずです。
なぜ、本来自然河川であるべき場所に雨水を一気に流すのか。
最終的に河川に流すのは仕方ないとしても、雨水対策として「緩衝」の機能を都市に付加すべきなのです。
対策としては、調整池のようなものを上・中流部にもっと多数作って、降雨後長時間をかけて流す方法もあるでしょう。都市には場所が無さそうですが、これは、地下を利用すれば、ある程度可能だと思います。
公園や学校の校庭などならば、深く掘り下げて雨水調整池兼湿地ビオトープとして整備も可能でしょう。こうした調整池を親水公園化すれば、憩いの場所としてだけでなく、緑地化によって、ヒートアイランド現象の緩和にも寄与します。
道路舗装や民間の敷地内でも、雨水浸透型の施工を義務づけたり、補助金を出すなどして表流水を減らす方法もあるでしょう。
また、神戸市の場合は、空港や人工島建設の為に伐採されて、土砂を採取され、赤土むき出しになった六甲の山々にもう一度きちんと植林することで、元々あった山林の保水能力を復活させる必要があります。
これらの対策は、地球温暖化が進みつつあり、天候不順による集中豪雨が頻発し始めた現状では、急務といえるでしょう。
しかし、きちんと実現すれば、多少の雨が降っても、水位の上昇が多少でも緩やかになり、少なくとも避難する時間くらいは稼げるようになるはずです。
また、豪雨が降れば数分で荒れ狂うこの河川は、日照りが続けば水位がほとんどゼロにもなります。
ウナギやカニ以外の生物が住めない理由が、ここにもあるわけです。
しかし、雨水を調整して、長時間かけて流すようにすれば、そんな事も少なくなるでしょう。
その上で、海からの段差を魚道で解消したり、自然護岸を取り入れることで、こうした都市型河川にも、少しずつ生き物が帰ってくるはずです。
今回の件で、遺族の方達も、運良く助かった人たちも、親水公園を恐怖し、もしかしたら憎悪するようになってしまうかも知れません。
これは、本当に哀しいことです。
自然の河川で、自然本来の営みの中で、被害を受けてしまうことは、仕方ありませんが、今回はハッキリ、人災といえます。
都市計画した、官公庁の方達、建設コンサルタントの技術者の方々は、今回の件について法的責任は問われないかも知れません。
しかし、少しでも責任を感じているなら、雨水調整対策に、大きく予算をつけるべきだと思います。
そうでなくては、亡くなった方達は浮かばれないのではないでしょうか。
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